●建長寺(けんちょうじ)
鎌倉時代に創建され、開基は北条時頼、開山は蘭渓道隆(大覚禅師)の建長寺は鎌倉五山の第一位の寺格を持ち、鶴岡八幡宮や長谷寺、高徳院、瑞泉寺、円覚寺と並ぶ鎌倉の代表的な観光スポットでもあります。

<住所>
神奈川県鎌倉市山ノ内8

<拝観料>
300円 8:30〜16:30
<アクセス>
鎌倉駅、又は鎌倉駅から1つ隣の駅、JR北鎌倉駅から徒歩約15分。バスでは建長寺を下車です。

写真は建長寺の入口となる総門です。創建当時の建築物は1293年の鎌倉大地震によって殆どが失われ再建されたものです。総門にある巨福山の文字は再建時の住職でもあった一山一寧による筆と伝わります。
総門を抜けてドド〜ンと正面に現れるのが重要文化財にも指定されている三門です。三門(空・無想・無作)をくぐることによって、あらゆる執着から解き放たれるらしいですよ。上部は非公開ですが、五百羅漢像などが安置されています。
三門の右手には国宝でもある梵鐘があります。この梵鐘は創建当時のままの姿で保存されている貴重なものです。
三門を通り過ぎると仏殿(本堂、金堂)があります。現在の建物は、東京にある増上寺にあった徳川二代将軍秀忠夫人(お江の方、家光の母)の霊屋を建長寺が譲り受けたものだそうです。
仏殿内には建長寺の本尊、地蔵菩薩が安置されています。ちなみに、仏殿の手前にある立派な古木、ビャクシンは樹齢750年だそうです。
さらに奥に法堂(はっとう)が見えます。右側にチラッと見えるのが仏殿なので、すぐ後ろですね。
尚、法堂は特別公開日に拝観することができ、千手観音坐像をはじめ創建750年を記念して製作された見事な雲龍図をも見ることができますよ。
法堂の奥には方丈(住職の生活の場)があり、裏手には写真トップの見事な庭園が広がっています。建長寺はこれらの伽藍が一直線に並んでいて、禅宗寺院の一般的な並びとなっています。尚、禅宗とは坐禅によって修行をし、悟りを開こうとする宗派のことで、禅寺としては京都五山、鎌倉五山の別格上位でもある京都の南禅寺などが有名です。

これにて建長寺の見学は終わりと思いきや、なにやら奥にまだまだ道が続いています。取り合えず先へ。。。
道の奥には結構立派な・・・階段があり、上った先には、不気味な烏天狗像が沢山立っていて、奥に建長寺の鎮守でもある半僧坊(はんそうぼう)があります。さらに半僧坊から少しだけ上に登れば、相模湾が一望できる見晴台があります。天気が良ければ写真のような富士山も見えますよ。ちょっと霞んでますけど。。
さらに見晴台からはハイキングコースが奥へ奥へと続いています。鎌倉には幾つかのハイキングコースがあり、写真の天園ハイキングコースは左に進めば明月院へ、右に進めば瑞泉寺と抜けられます。ちなみに瑞泉寺までは恐ろしいほどの距離があります。なので途中から覚園寺や鎌倉宮方面へも抜けられます。
瑞泉寺方面へと進むと、途中で「直進、瑞泉寺まで3.1km」と「覚園寺まで1.2km」の山を右へ下りるコースへの分岐があります。この分岐までもかなりの距離・・・ 体力に合わせてどうぞ。

●円覚寺(えんがくじ)
鎌倉五山の第二位でもある円覚寺は、鎌倉時代後半に北条時宗が中国より無学祖元禅師を招いて創建された寺院です。普段はひっそりとした寺院ですが、紅葉シーズンには多くの観光客が訪れる定番スポットとなります。

<住所>
神奈川県鎌倉市山ノ内409

<拝観料>
300円 8:00〜17:00(季節変動あり)

<アクセス>
JR横須賀線の北鎌倉駅を下車し目の前にあります。。

総門を抜けて仏殿へと向かいます。と言っても、紅葉を見に来たのがバレバレですね。肝心の総門が写ってませんし・・・
総門の先にあるのが三門(山門)です。この奥に仏殿があります。
こちらが昭和39年に再建された仏殿です。本尊でもある釈迦如来像が祀られています。美しい宝冠を身に付けているため宝冠釈迦如来像と呼ばれます。
さて、こちらは妙香池(みょうこうち)です。どう見ても写真は池を撮影したものではありませんね・・・
円覚寺には国宝が2つもあります。1つが舎利殿で通常は非公開。そしてもう1つが写真の梵鐘です。位置的には仏殿の右手方向にあり、ちょっとした丘になった場所にあります。
なんと、ここからは美しい富士山も見ることができます。


●明月院(めいげついん)
古くは平治の乱で戦死した山内俊通(首藤俊通)の菩提供養のために1160年に、子の経俊が建立したと伝わりますが、上杉憲方が生前に自から墓塔を建立したとも伝わります。明月院は紅葉の他、紫陽花(あじさい)寺としても有名で、これらの時期は半端ではない混雑となります。

<住所>
神奈川県鎌倉市山ノ内189
<拝観料>
300円 9:00〜16:00(季節変動あり)

<アクセス>
JR北鎌倉駅より徒歩約10分

トップの写真の円窓越しに見る紅葉は美しく絵になる一枚。しかし本堂奥の庭園は別途拝観料500円が必要。左の写真は枯山水(かれさんすい)。石庭は心落ち着きますね。
円覚寺の比較的近くに明月院はあります。看板もあるので迷うことはないでしょう。明月院の先には建長寺、さらに先に鶴岡八幡宮と歩いていくことも可能です。
鎌倉市に現存する最大級の洞窟墳墓、明月院やぐらです。中央に上杉憲方を祀る宝篋印塔があり、壁面中央には釈迦如来・多宝如来の二仏が、両側には十六羅漢が浮き彫りされています。鎌倉では至る場所で、この様な「やぐら」を見ることが出来ます。
さすが、あじさい寺!両脇には見事な紫陽花が?秋ですからね・・・
こちらは6月に撮影したもの。シーズン中は物凄い人込みとなりますので要注意。
明月院のあじさいは95%が日本古来からの「姫あじさい」なのだそうです。


●東慶寺(とうけいじ)
鎌倉幕府の北条時宗の夫人・覚山志道尼が1285年に開創した臨済宗円覚寺派の東慶寺。夫からの離縁状をもらわない限り、妻からは別れることができなかった時代に、駆け込めば離縁できる女人救済の寺として開山以来、600年近く縁切り寺法を引き継いでいます。後醍醐天皇の皇女、用堂尼(ようどうに)の入寺以後は、松岡御所と称され、寺格の高い尼寺(鎌倉尼五山第二位)として名を馳せるようになったそうです。

<住所>
神奈川県鎌倉市山ノ内1367
<拝観時間>
8:30〜17:00(季節変動あり) 拝観料100円。宝物館は別途300円。

<アクセス>
JR北鎌倉駅から徒歩5分程度。
明治以降は男僧寺となった東慶寺。写真トップにあるのが本尊の釈迦如来坐像を祀る本堂、泰平殿です。関東大震災によって伽藍の建造物は全て失われ、本堂の建立は1935年となっています。

大阪夏の陣で豊臣秀頼、淀殿らは自害し、息子の国松(8歳)も殺されてしまいますが、娘の天秀尼(7歳)は助命され東慶寺へと預けられます。その後、天秀尼の働きによって離婚制度(縁切り法)がつくられたとされます。
境内には梅やハナショウブ、アジサイなど様々な花が植えられ四季を通じて楽しめます。尚、写真撮影については三脚を使用しての撮影、堂内は禁止だそうです。
後醍醐天皇の皇女、用堂尼の墓をはじめ、境内には学者や作家の墓が多いことでも有名だそうで、鈴木大拙、西田幾多郎、岩波茂雄、和辻哲郎、安部能成、高見順、小林秀雄らの墓があります。
東慶寺は明月院、浄智寺とともに北鎌倉周辺のアジサイの名所として有名です。

ちなみに鎌倉尼五山の残り4寺は残念ながら現在は廃寺となっています。


●浄智寺(じょうちじ)
鎌倉五山の第四位の臨済宗円覚寺派、浄智寺。1281年北条時頼の三男、宗政の没後に夫人と幼少の師時(もろとき)を開基にして、宗政の菩提寺として創建されました。開山は中国、宋の名僧、兀庵普寧(ごったんふねい)と大休正念(だいきゅうしょうねん)及び日本人僧、南州宏海(なんしゅうこうかい)の3人とされます。

<住所>
神奈川県鎌倉市山ノ内1402
<拝観料>
200円 9:00〜16:30

<アクセス>
JR北鎌倉駅から徒歩5分程度。
伽藍は関東大震災によって全て失われ、写真トップにある本堂、曇華殿(どんげでん)も再建されたものです。堂内には本尊の過去・現在・未来を意味する阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来の木造三世仏坐像を中心に他にも数体の仏像が安置されています。

浄智寺は明月院、東慶寺とともに北鎌倉周辺のアジサイの名所としても有名です。
こちらは横井戸と呼ばれるもので、山の水をためて用水に使うため、かなり古い時代に掘ったものと思われるそうです。数十年前まではコウモリの棲家になっていたそうで、この洞窟一体どこまで続いているのでしょう。近くにいた人の話では、以前ライトを持って奥へ進んだら物凄い数の虫がいたとのこと・・・ 探検する気もしませんね^^;
先へ進むと、ん?布袋尊(ほていさん)がトンネルの先の洞窟でお待ちですと書いてあります。
(丿 ̄ο ̄)丿 ほんとだ、布袋さんが待っていました。何々?おなかをなでてあげて下さい。元気がもらえます。と書いてあります。取り合えず脂肪たっぷりのお腹をナデナデ。こちらの布袋尊は鎌倉・江ノ島七福神の一注でもあります。


●海蔵寺(かいぞうじ)
鎌倉時代、七堂伽藍を持つ規模の大きい寺があったと伝えられます。鎌倉幕府滅亡時に焼失し、その後、1394年に鎌倉公方足利氏満の命で、上杉氏定が心昭空外を招いて再建され、扇ガ谷上杉氏の保護を受けて栄えました。

<住所>
神奈川県鎌倉市扇ガ谷4-18-8
<拝観料>
境内自由、但し十六ノ井は100円。

<アクセス>
鎌倉駅、又は北鎌倉駅から徒歩約20分。北鎌倉駅からは建長寺方向に向かい、長寿寺を右折し、鎌倉七口の1つである亀ヶ谷坂を抜け、高架をくぐり直進すれば案内看板あります。鎌倉駅からは、線路沿いを北鎌倉方面に向えば案内看板あります。
正面に小さな山門が、手前右手に当寺の見所の1つでもある底脱の井があります。アクセスも悪いことから、週末でも訪れる人は少ない寺院です。車の場合、比較的大きな駐車場があります。
鎌倉十井の1つである底脱の井(そこぬけのい)は、鎌倉時代の武将であった安達泰盛(あだちやすもり)の娘、千代能(千野野)が、ここに水を汲みに来た時、水桶の底がすっぽり抜けたため、「千代能がいただく桶の底脱けて、水たまらねば月もやどらず」と詠ったことから、この名がついたといわれています。井戸の底ではなく、心の底が抜けて、わだかまりが解け、悟りが開けたという投機(解脱)の歌です。
トップの写真が本堂で、十一面観音を安置しています。本堂の横にある山には鎌倉らしい、やぐらも多くの残っています。
本堂左手には薬師堂があります。こちらには、薬師三尊像と小さな十二神将像がお仕えしております。
ここから当寺の一番の?見所でもある十六ノ井へと向います。井戸までの道は、鎌倉ならではの趣があります。
鎌倉時代の遺跡、十六ノ井です。一応これを見るのに志納金として100円必要です・・・
全部で16個の丸い井戸が並んでいて、今でも水が湧き出ています。正直、なんのためなのかは謎なんですって。奥には観音菩薩像と弘法大師像が安置されています。海蔵寺は花の寺以外にも、底脱の井や十六ノ井があることから、水の寺とも言われています。
近くには鎌倉七口の1つでもある化粧坂(けわいざか)があります。土と石とで固められた、昔から変わらぬ道の姿がここにはあります。段差が凄いので、老人の通り抜けは危険です。ちなみに鎌倉七口の面影が残る悪路は短く、登りきると整備された舗装路となります。
さらに進むと頂上には源氏山公園があり源頼朝像もあります。ここから洗弁財天へと向かう人は、そこそこいらっしゃいます。尚、洗弁財天から高徳院、長谷寺へと抜けるハイキングコースも整備されています。


●英勝寺(えいしょうじ)
初期の江戸城を築城した大田道灌の子孫で、徳川家康に仕えたお梶の方(英勝院)が道灌の屋敷跡に建てた尼寺です。現在では鎌倉で唯一の尼寺で、江戸時代は水戸御殿と呼ばれたほど格式が高く、総門には三葉葵の紋を掲げ、さながら武家屋敷のような境内だったそうです。仏殿、祠堂、唐門、鐘楼は江戸時代初期の建築で、これだけよくそろい、当時のまま残っている寺は少なく貴重なのだそうです

<住所>
神奈川県鎌倉市扇ガ谷1-16-3
<拝観料>
300円。9:00~16:00 入口が少し分かりにくいです。

<アクセス>
鎌倉駅の西口へ出て徒歩約10分です。
こちらは総門ですが年中門は閉まっています。
鎌倉駅から歩いてくると総門の50mくらい先に入口があります。徳川家の三葉葵紋と太田家の桔梗紋が組み合わさった門が目印です。
1643年建立の袴腰付楼太閣形式という立派な鐘楼です。鐘楼を含め英勝寺では仏殿、山門、祠堂、祠堂門が国の重要文化財に指定されています。
立派な山門(国指定重要文化財)です。鎌倉でこれほどの山門を持つ寺院であれば、もっと見学者がいそうな気もしますが、ガイドブック等でもあまり紹介されず、さらには総門が閉まってて入りづらいのが原因かと思います。ちなみに訪問時は広い境内に私だけでした。
トップの写真が仏殿(国指定重要文化財)です。取り合えず建物を一周しましょう。十二支の彫刻が素晴らしいです。
仏殿内には徳川家光によって寄進された本尊の阿弥陀三尊像(運慶作)が安置されています。
天井には迫力ある鳳凰や雲龍、極楽絵図が描かれています。ちなみに、中には入れませんでしたので小窓から覗くような感じです。
奥のほうへ進むと三霊社権現を祀った洞窟がありました。石仏があるそうなのですが、暗過ぎてわからず・・・
花と流水門の透かし彫りが美しい重要文化財の祠堂門。
英勝院の位牌を安置する祠堂。中には極彩色の堂があるのですが、ガラス越しにしか見れません。
再び受付の方へと戻り、左手に進むと書院があります。その書院の横には報国寺にも負けない美しい竹林があります。この場所にはかつて、仏殿の何倍もある姫御殿があったそうです。
竹林の奥には金毘羅宮がありました。
金毘羅宮から見える来迎三尊石仏(右やぐら内)と英勝院墓塔(左)。


●浄光明寺(じょうこうみょうじ)
鎌倉幕府六代執権・北条長時が、開山に真阿を迎えて建立した真言宗泉涌寺派の浄光明寺。本尊の阿弥陀三尊像(国重文)は宋(現在の中国)の影響を受けた美しい造形です。裏山には歌人の名門冷泉家の始祖為相の墓があります。母の阿仏尼(藤原為家の側室)は、京から鎌倉への紀行文『十六夜日記』の作者です。

<住所>
神奈川県鎌倉市扇ガ谷2-12-1
<拝観料>
基本的には境内自由ですが、本尊の阿弥陀三尊像を拝観する場合は、木・土日・祝日(雨天中止)の10時〜12時、13時〜16時で200円です。

<アクセス>
鎌倉駅の西口へ出て徒歩約15分です。鶴岡八幡宮からは徒歩約10分です。
英勝寺の総門を移築したという山門。尚、訪れる人は皆無な静かな寺院です。
山門を抜けると左斜め前に客殿があります。堂内には染明王坐像が祀られています。
本堂右手には不動明王像を祀った不動堂があります。
鐘楼です。ここから少しだけ階段を上がったところには写真トップの阿弥陀堂(仏殿)、その左手には重文の阿弥陀三尊像の安置された収蔵庫、その奥に観音堂があります。
観音堂です。阿弥陀堂と観音堂の間の小道を山上へと上ったところに石造地蔵菩薩坐像(網引地蔵)と冷泉為相の墓があります。知らない歌人に興味もなく、さらには猛暑のため行ってませんが・・・
鎌倉特有のやぐらも多く見られます。


●薬王寺(やくおうじ)
日蓮宗の大乗山薬王寺は、もとは真言宗梅嶺山夜光寺と称し、徳川三代将軍家光の弟、駿河大納言忠長公の供養塔や、愛媛県の松山城主蒲生忠知公(家康の孫)の正室と息女の墓所があり、徳川・蒲生家と縁が深く、寺紋に三葉葵が用いられるなど、もとは格式の高い寺院でした。

<住所>
神奈川県鎌倉市扇ヶ谷3-5-1
<アクセス>
鎌倉駅、又は北鎌倉駅から徒歩約15分。北鎌倉駅からは建長寺方向に向かい、長寿寺を右折し、鎌倉七口の1つである亀ヶ谷坂を抜けた先にあります。鎌倉駅からは、小町通りの終わりを左手に進み、鎌倉市川喜多映画記念館を抜け線路沿いを北鎌倉方面に向えば案内看板あります。
墓苑の中ほどには、蒲生忠知の正室と娘が眠っていました。
近くには鎌倉七口の1つでもある切通、亀ヶ谷坂があります。切通とは山を切り開いて造られた道のことで、交通を容易にするとともに、防御の拠点ともなっていました。残念ながら当時の面影は殆ど残っていません・・・


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