愛媛県のシンボルでもある松山城や、3000年もの歴史があり、日本三古湯の1つとして知られる道後温泉は、言わずと知れた定番の観光スポット。しまなみ海道や、現存天守である宇和島城方面へと足を運べば、美しい眺めを満喫できるだけではなく、たこ飯や鯛めし、五色そうめんなどの美味しい郷土料理も味わえます。

<お土産>
定番中の定番でもある一六タルトをはじめ、ハタダの栗タルト、坊っちゃん団子、じゃこ天あたりも定番の土産物。他、六時屋タルト、母恵夢、みかんなど。愛媛県の土産
遠方からのアクセスは飛行機が中心となります。鉄道では岡山駅から特急しおかぜで約3時間です。松山空港からはリムジンバスでJR松山駅、松山市駅、一番街、大街道、道後温泉などの主要場所へ行くことができます。
左が伊予鉄道の松山市駅、右がJR松山駅です。見た感じの通り、松山市駅のほうが繁華街にも近いこともあり賑わいがあります。
市内電車(路面電車)の大街道駅(電停)周辺が愛媛県一の繁華街・歓楽街となります。メインストリートでもある大街道商店街の隣の路地に飲み屋さんなどが建ち並んでいます。
写真はメインストリートの大街道商店街。閑散としているように見えますが、夜は他の地方都市の繁華街と比べても賑わいがあるほうです。
市内観光では路面電車が活躍します。観光客が殆どですが、地元民もちょこっとした移動には使用しているようです。約7分間隔で運行しています。運賃は160円で中乗り前降りで、降車時に運賃を支払います。1Dayチケット(400円)は車内で購入できます。写真は1時間に1本程度に同路線を走る坊ちゃん列車。ただし、運賃は300円となります。1Dayチケットをお持ちの場合は1乗車のみ+100円で利用できます。

●松山城
松山城は1602年、賤ヶ岳七本槍で有名な加藤嘉明によって標高132mの勝山に築かれたた平山城です。嘉明が会津へと転封した後に入城した蒲生忠知によって1627年に城は完成したと伝わりますが、焼失のため現在の天守は1854年に再建されたものとなっています。また大天守は日本に現存する12天守の内の1つでもあります。

<住所>
愛媛県松山市丸之内
<入館料>
天守9:00〜17:00(入城16:30まで) 510円。12月29日以外は年中無休。ロープウェイ・リフト往復券セットは1020円です。ロープウェイは8:00〜17:30まで、リフトは17:00までです。徒歩のみでは20分程度(4ルート有)もかかります。

<アクセス>
市内電車の大街道電停からロープウェイ・リフト乗り場まで約10分。降車してから天守入口までは徒歩約10分
ロープウェイ・リフトを利用する場合、大街道商店街の入口と反対の方向へと進みます。徒歩10分程度の場所にロープウェイ・リフト乗り場があります。
こちらがロープウェイ・リフト駅舎です。エスカレーターで上まで行ってからロープウェイかリフトの好きな方で山頂を目指します。
山頂までロープウェイで約3分、リフトで約6分です。ロープウェイは10分間隔で運行しています。
石垣の美しさも松山城の特長の1つでもあります。これらの石垣と山の麓から続く石垣とを連結させた登り石垣も有名です。この登り石垣を見学する場合は県庁裏登城道が最適とのことです。
本丸大手の重要な固めである筒井門。城内でも最も堅固な建造物だそうです。放火焼失により現在の門は、1946年に再建されたものです。
筒井門の右隣にも隠門という入口があります。その名の通り筒井門の石垣の陰に隠された門で、筒井門に攻めてきた敵を側面から急襲するために設けられたそうです。1596〜1615年頃のものと思われ、重文にも指定されています。
本丸大手の正門とも言える太鼓門です。筒井門、隠門とその続櫓による第1の防衛線に続く第2の防衛線となっています。尚、この太鼓門は1945年に復元されたもの。
ようやく本丸へ到着です。ちょっとした休憩所となっています。
ここから先が有料となります。んでもって、大天守が目の前に。ここまで攻め込めれば落城も、もはや目前!と思いたくなりますが・・・ 甘いのです。
写真は天守に通じる本壇入口を守る一ノ門です。何気にこちらも重要文化財で、松山城は天守を含む全部で21棟の国の重要文化財に指定された建造物があるそうです。
こちらは小天守より撮影。写真の中央下の門が先程の一ノ門はになるのですが、こうして見ると、天守まで辿りつくのは至難の業ですね。このような櫓や天守をつないだ形式を連立式天守と呼び、天守防衛の究極の姿とも言われています。
天守を中心とする本壇には、一ノ門、二ノ門、三ノ門、筋鉄門が設けられ、それぞれに塀と櫓を伴っています。一ノ門から二ノ門までの石垣や櫓で囲まれた空間には30を越える写真のような狭間(さま)が備えられています。石落としとかもあるよ・・・
さすが現存天守らしい急勾配な階段です。

加藤嘉明(かとうよしあき)
父の教明が徳川氏に属していた頃、三河の一向一揆に加勢して敗北した為に、嘉明は父とともに三河を追われます。流浪の身となった嘉明は、父の死後に馬の世話をしていましたが、豊臣秀吉の家臣であった加藤景泰に見出され秀吉に仕えることとなります。
その後、1583年の賤ヶ岳の戦いでは、後に賤ヶ岳七本槍の一人に数えられるほどの活躍をし、四国攻め、九州征伐、小田原征伐などの功績を積み重ねていきました。秀吉の死後、関ヶ原の戦いでは徳川家康率いる東軍に属し、岐阜城攻め、大垣城攻め、本戦では実質的な総大将であった石田三成の軍勢と戦うなどの武功を挙げ、伊予半国20万石に加増され松山城築城にも着手しますが、完成を見ぬまま会津へと領地替となり、1631年に江戸屋敷にて69歳の生涯をとじました。
大天守から見下ろす本丸の景色は最高で、天空の城をイメージさせます。本丸の標高は約132mであるのに対し、大天守は約161mもあります。これは現存12天守の平山城の中では最も高い標高(山城では備中松山城)となります。
松山市内だけではなく、瀬戸内海も見ることができます。
ぐるっと一通り見終えた感じがしますが、実はチケット売り場の横に、ひっそりと重要文化財の紫竹門(しちくもん)があったりします。この門の西塀、東塀も何気に重文だったりします。
ここから見る連立天守群の眺めは最高です。
すぐ脇にはこれまた重文の野原櫓があり、城北側の防衛を担っていた櫓だったそうです。この野原櫓は、1596〜1615年の築城時に建てられたと伝えられ、城内最古の建造物の1つと考えられています。

他にも紹介していない重要文化財の櫓や塀、門なども数多く残り、なんとも見所の多い見応えあるお城でもありました。

●道後温泉
夏目漱石の小説、坊ちゃんでも有名な道後温泉は、約3000年の歴史を誇る日本最古の温泉です。有馬温泉(兵庫県)、白浜温泉(和歌山県)と並び、日本三古湯の1つでもあり、なかでも国の重要文化財でもある木造三層楼の本館は、明治27年(1894)に建てられ、愛媛県を代表する観光スポットにもなっています。

<住所>
愛媛県松山市道後湯之町5-6
<アクセス>
市内電車(路面電車)で道後温泉駅行き終点です。

<本館の入浴料金>
下の料金表を参照して下さい。本館には神の湯と霊の湯があります。神の湯のほうが霊の湯よりも多少広めです。区分にある階下は入浴のみで、他は休憩大広間、又は個室で、菓子、お茶などが付いています(休憩約1時間)。椿の湯は姉妹湯で本館より少し離れた場所となります。
区分 おとな こども 営業時間
霊の湯 3階個室 1,550円 770円 6:00〜22:00(札止20:40)
2階席 1,250円 620円 6:00〜22:00(札止21:00)
神の湯 2階 840円 420円 6:00〜22:00(札止21:00)
階下 410円 160円 6:00〜23:00(札止22:30)
又新殿観覧料 260円 130円 6:00〜21:00(札止21:00)
椿  の  湯 360円 150円 6:30〜23:00(札止22:30)
記念タオル(石けん付)は220円。霊の湯入浴の方は、又新殿(ゆうしんでん)の観覧付です。又新殿は皇室専用のお部屋や湯殿の見学(撮影不可、ガイド付き)ができます。漱石が湯上りにくつろいだ部屋を再現した、坊ちゃんの間は入館者であれば誰でも見学自由です。
明治時代の駅舎を復元した道後温泉駅。脇にある道後温泉商店街を抜ければ5分程度で本館にたどり着きます。
こちらが道後温泉商店街の入口です。温泉街だけあって常に活気があります。商店街を進み、突き当たりを右に曲がればすぐに本館が見えてきます。

写真トップにもある道後温泉本館は、宮崎駿監督のアニメ映画、千と千尋の神隠しに登場する油屋のモデルになったとも言われています。
商店街の入口には、道後温泉本館百周年を記念して作られた坊っちゃんカラクリ時計があります。

夏目漱石の小説である坊ちゃんでは、生れ育った東京での生活や、松山での教師赴任など、漱石自身の体験をもとに書かれています。小説の中では『ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。』と書かれていて、文中では住田の温泉となっていますが、漱石自身、道後温泉本館には頻繁に通っていたそうです。
じゃこ天や坊ちゃん団子などの土産物、食事処が建ち並ぶ商店街を進めば、正面に道後温泉本館が見えてきます。本館周辺には多くの旅館やホテルも建ち並び、日が落ちても人通りは絶えません。

●伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)
社伝によれば、仲哀天皇、神功皇后が道後温泉に来浴した時の行在所跡に建てられた神社で、伊予国守護河野氏によって築城された、湯築城の鎮守として今の地に移されたそうです。現在の社殿は、松平定長が、将軍から命じられた流鏑馬を成功したお礼として建立されたものです。

<住所>
愛媛県松山市桜谷町173
<アクセス>
道後温泉駅より徒歩10分程度。駅前の道をひたすら直進です。尚、境内自由です。
遠くに見える楼門・・・

トップにある楼門の他、本殿、申殿、廊下、廻廊が国の重要文化財に指定されています。楼門奥に本殿があり、石清水八幡と宇佐神宮と並び日本を代表する八幡造(連結された社殿)といわれます。
振り返るとこんな感じです。正面奥に道後温泉駅があります。道の途中に湯神社があります。

●湯神社(ゆじんじゃ)
創建当時は鷺谷(松山市道後鷺谷町)の大禅寺の前にあったと伝わり、過去に地震などで温泉が止まるたびに、神楽を奉納して祈願してきたという湯神社。1707年の地震では藩主の名で湯祈祷が行われたそうです。

<住所>
愛媛県松山市道後湯之町4-10
<アクセス>
道後温泉駅から徒歩5分程度です。道の先には伊佐爾波神社があります。境内自由です。

●子規記念博物館
松山で生まれ育ち、漱石とも交流のあった明治時代を代表する俳人、正岡子規。そんな正岡子規の生い立ちや凄絶な闘病生活、さらには文学者としての子規の世界観を通して、松山の歴史や文学をより多くの人々に知ってもらおうと開設されたのが松山市立子規記念博物館です。

<住所>
愛媛県松山市道後公園1-30
<アクセス>
道後温泉駅から徒歩5分程度です。

残念ながら館内の写真撮影は右写真部分だけです。こちらは明治28年(1895)、子規と漱石が過ごした愚陀佛庵(ぐだぶつあん)の1階部分を復元したもの。

●石手寺(いしてじ)
728年に聖武天皇の勅願によって創建された真言宗豊山派の寺院、石手寺。四国八十八箇所霊場の第五十一番札所でもあり、多くのお遍路さんを見ることができます。又、国宝の二王門(仁王門、山門)、重文の本堂、三重塔など多くの文化財があり、道後温泉からも近いこともあり、観光客も多く訪れます。

<住所>
愛媛県松山市石手2-9-21
<アクセス>
子規記念博物館から歩いて徒歩約15分、道後温泉駅から約20分程度です。バスでは道後温泉駅からJR松山駅、松山市駅方面で約5分、石手寺を下車です。
趣のある参道脇には土産物屋がポツポツと建ち並びます。石手寺名物のやきもちもオススメです。
こちらが国宝の二王門。1318年に建立されたもので、両脇の金剛力士像も同時期の鎌倉時代のものです。
高さ24.1mの写真の三重塔も国の重要文化財となっています。
1333年に再建された鐘楼も国の重要文化財。ちなみに写真トップの本堂も重文です。こちらも二王門と同時期に建てられたそうですよ。他、境内にある護摩堂や訶梨帝母天堂も重文指定されています。
一通り見学を終えたと思ったら、ん?洞窟入口と書いてあります。
寺院で洞窟とか聞くと、何故だかお戒壇巡りとかを想像してしまいましたが・・・
普通に洞窟でした・・・ 洞窟内はマントラ仏の生命の流れを表しているようで、仏さまを巡礼することができます。
洞窟を抜けると奥の院があります。絵的に奥の院は写真の場所ではないだろうと思い込み、周辺を歩き回りましたが、これが奥の院だそうです・・・
怪しい仏像達の視線を感じながら先へ進むと巨大なUFOがありました。
UFOの内部はこんな感じです・・・ マントラ塔と言うらしいのですが、迫力に欠ける五百羅漢も安置されています。
奥の院の不思議な建物や怪しい仏像も楽しかったのですが、普通に本堂脇の道にも写真のようなものが建っていたりします。イエス・キリストなのでしょうか、いえそんな筈は・・・


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